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クハ489-501とは

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クハ489-501 車両の概要

車両の概要

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 本車両「クハ489-501」は、上野~長野~金沢間を結ぶ列車において運転上ネックとなっていた信越本線 横川~軽井沢間「碓氷峠」の急勾配を補助機関車の 後押しを受けて運転できるよう開発された、489系特急型電車の上野側先頭車です。車体先頭形状は前に突き出た形が特徴のボンネット形、先頭部には 「峠のシェルパ」と呼ばれた補助機関車、EF63型電気機関車と連結するための各種装備を備えているのが特徴です。
 昭和46年に製造され、41年間に渡り特急「白山」「雷鳥」など北陸本線の顔として、北陸と東京・大阪・名古屋など各地を結び活躍しました。 北陸新幹線の一部開通や新型の683系特急型電車「サンダーバード」「はくたか」などの登場により特急列車としての任を譲り、平成24年6月に惜しまれつつ廃車になりましたが、昭和・平成と時代とともに多くの人を 運び続けた特急電車ならではの優美で誇らしげな姿は、これからも北陸・小松の地で皆様を旅愁あふれる世界へいざなうことでしょう。

489系特急型電車 誕生に至るまで ~クハ489-501と碓氷峠

 戦後の高度経済成長により、当時の日本国有鉄道(国鉄)では全国でひっ迫する輸送需要に対応すべく全国各地の路線や車両の更新・増強にまい進しますが、それでも 輸送力が限界に達するようになってきます。東京から長野県を経由し新潟県に至る信越本線では、途中の横川駅(群馬県)~軽井沢駅(長野県)間「碓氷峠」に国鉄線で 最急の66.7‰(1,000m水平に進んで66.7m垂直に登るという意味。角度では約3.8度)もの急勾配があった為、ここを通過する電車は最大8両に制限され、 車両には台枠や連結器の強化など通称「横軽対策」をし、さらには碓氷峠専用の補助機関車・EF63型電気機関車による後押し(軽井沢行きの上り坂)・ 牽引(横川行きの下り坂)による無動力運転(電車の動力を使わず電気機関車の動力のみで運転する)を行っていました。そのため、このままでは碓氷峠での輸送需要が 輸送能力を超えてしまうことが懸念されました。

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EF63型電気機関車が先頭に立ち 特急「白山」が碓氷峠を下る

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EF63型電気機関車と特急「白山」 連結作業

 そこで国鉄は信越本線の輸送力をさらに増強する為、碓氷峠の急勾配に対応した専用の特急型車両を開発することになります。当時北陸本線ですでに 「雷鳥」「しらさぎ」で使用していた485系特急型電車をベースに、 EF63型電気機関車と協調運転(電車と電気機関車両方の動力を協調して運転する)できるよう関連装置を装備し、12両まで通過可能になるよう開発されたのが 489系特急型電車です。昭和46年より製造され、翌昭和47年3月のダイヤ改正より主に特急「白山」「あさま」用として使われました。これが現在の北陸新幹線のルーツとなります。なお基本的な車両性能は従来の485系特急型 電車と同じで、碓氷峠を通過しない「雷鳥」や「しらさぎ」などの列車では485系電車と混在して使われることもあり、小松駅をはじめ大阪駅や名古屋駅などでも見ることができました。

 クハ489-501はこの489系特急型電車の上野方の先頭車(碓氷峠では坂の下側にあたる)になり、先頭部分にはEF63型電気機関車と連結するための連結器や、協調運転を する際に制御回路を接続するジャンパ連結器が付いています。また運転室に並んでいる沢山のスイッチ類の中にも、碓氷峠を越える際に電車側で操作する 「横軽スイッチ」と呼ばれるスイッチがあります。
 日本全国に現存するボンネット型の特急先頭車両6両のうち、これらの装備を実際にご覧いただける車両は、当地小松市で保存されているこのクハ489-501 1両のみとなります。

クハ489-501 名前の意味

 人間に1人1人名前があるように、鉄道車両にも1両1両名前があります。「クハ489-501」とは、電車の名前です。車両番号(車番)といいます。
鉄道会社によって名前の付け方が違います。旧国鉄が名前の付け方の規則を作り、分割民営化後の現在でも一部のJRで引き続き使用しています。
「クハ489-501」という名前には、どのような意味があるのでしょうか?

クハ489-501の名前の意味

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